認知症の種類
そもそも認知症とは、どのような病気なのでしょうか。簡単にいうと「脳の細胞が壊れたことで起こる症状や状態」のこと。認知症が進行すると、理解力や判断力が失われていき、日常生活に支障をきたすようになります。日本では2012年度現在で、65歳以上の高齢者のうち462万人(高齢者のおよそ15%)が認知症を発症しています(政府資料より)。
認知症には様々な種類があり、原因によって「脳血管性認知症」と「神経変性疾患」に大別されます。
脳血管性認知症とは、たとえば脳卒中(脳出血、脳梗塞など)で脳内の血流が妨げられることで、脳の細胞が壊死してしまい、脳の中に機能しない部分ができている状態です。壊死した脳細胞は再生されないので、失われた機能が戻ることはありませんが、新たに脳血管障害が起きない限りは進行もしません。ただ、小さな梗塞(血管の詰まり)が次々に起きるなど、脳血管障害を繰り返し起こすと、進行しているように見えることもあります。その場合、できていたことが急にできなくなるなど、階段状に進行していくこともあります。
神経変性疾患とは、主にたんぱく質が脳に蓄積することなどにより、脳神経が壊されることで発症します。症状により、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症など、いくつかの種類があります。
アルツハイマー型認知症 |
認知症の中でもっとも多いタイプ。脳の中でも記憶を司る部分である海馬の神経細胞が減少するので、初期にもの忘れが多くみられ、日付がわからなくなったり、要領が悪くなったりする。 |
レビー小体型認知症 |
幻覚をみたり、悪夢をみたり、動きが悪くて転びやすいなどのパーキンソン病のような症状が出る。 |
前頭側頭型認知症 |
脳の前頭葉や側頭葉の細胞が死滅することで発症する。身勝手になったり、同じ時間に同じ行動をしたり(時刻表的な生活)、言葉が出なくなったりする。 |
認知症の症状
認知症というと、一般的には「ぼけ」というイメージが強いかもしれません。けれども、もの忘れだけが認知症の症状ではありません。認知症の症状は、大きくわけて「中核症状」と「周辺症状(BPSD)」で説明されます。
中核症状とは、脳細胞が減って脳の働きが悪くなることで、直接的に起こる障害のことです。具体的には、記憶障害や見当識障害(時間や場所がわからなくなること)、行為や行動がうまくできない、言葉が出にくい、感情のコントロールができないなど、認知機能(理解したり判断したりする能力)の障害です。
周辺症状(BPSD)とは、中核症状である認知機能障害をベースとして、身体的要因、環境的要因、心理的要因などの影響を受けて出現する、様々な行動面・心理面の症状のことです。たとえば、漠然とわからないこと、できないことが増えたと感じて、不安感や焦燥感が起きて怒りやすくなる、1人になることを恐れる、といった症状として出現します。
BPSDの代表的な例
もの忘れ |
何度も同じことを言う、しまい忘れ、置き忘れ |
判断力・理解力の衰え |
料理や運転でミスが増える、新しいことが覚えられない、話のつじつまが合わない、テレビの内容が理解できない |
見当識低下 |
日時がわからない、場所がわからない、約束の日を忘れる |
人格変化 |
ちょっとしたことで怒りっぽくなる、周囲への気遣いがなくなる、頑固になる、他人のせいにする、様子がおかしいと周囲から指摘される |
強い不安感 |
一人になることを怖がる、寂しがる、外出時の確認が増える、頭が変になったと訴える |
意欲の低下・消失 |
身だしなみに気を使わなくなる、下着を替えない、おっくうがったりふさぎこんだりする、趣味や好きだったことの興味をなくす |
BPSDの症状は複合的に組み合わさることもあります。たとえば、食事をしたことを忘れ(もの忘れ)、現在の時刻もわからなくなると(見当識低下)、まだ食事をしていないと勘違いして何度も食事をしたり、食事を作ってくれないと家族に怒ったりする(人格変化)ケースは、よく知られた症状でしょう。そのほか、同じ失敗を繰り返すことで不安が強くなったり、意欲が低下することもあります。また、記憶がなかったり、できたはずのことができなくなったりすると、身近な人を疑い出したり、イライラが増えて言葉が荒くなることもあります。
さらに症状によっては、幻覚が見えたり、暴力的になったりしてしまうことも。BPSDが強いと、認知症自体はそれほど進行していなくても生活が困難になることもよくあり、ご本人だけでなくご家族も疲弊します。症状が進行していくと周囲との人間関係もうまくいかなくなりがちで、ますます症状が悪化していくという悪循環に陥ります。
BPSDへの対応に苦慮すると、本人を最後まで家族が看たい、家で生活させてあげたいと強く願いながらも、介護サービスを利用できなくなってしまったり、施設に入所させた方がいいのではないかと、気持ちと現実問題との板挟みに苦しむこともあります。社会から孤立したり、相談する人がいなくて対応の仕方がわからなかったり、ご自分を責めたりするご家族も多くいらっしゃいます。
このようにBPSDは、中核症状を背景として生じる不安や混乱をベースに、周囲とのかかわりの中で生じるものですので、周囲の環境などからも影響を受けます。心穏やかでいられる環境であれば、BPSDは比較的落ち着いた状況になりますが、不安をあおるような環境では、症状は悪化するのです。つまりBPSDを悪化させないためには、認知症者にとって不安のない、居心地よい環境づくりが大切です。
高齢者の心理
認知症のBPSDを理解するために、根底にある、高齢者に特有の心理状態を知っておくと、1つの手助けとなるかもしれません。
年齢を重ねるにつれ、知識や経験が積み重ねられて磨かれる一方で、様々な喪失体験が増えます。喪失体験とは、その名の通り「何かを失うという経験」をすること。人間は人生の中で、たくさんのものを「失う」ことを経験します。失うものは、物であったり、人であったり、地位や友情など形のないものであったり、あらゆる種類があります。
喪失体験の例
身体面 |
体力や筋力の低下、視力や聴力の低下、病気、障害、健康の喪失 |
認知面、精神面 |
記憶力や処理速度の低下、意欲の低下 |
社会面 |
配偶者や友人・子どもなど身近な人の死、仕事や家庭といった社会的な役割の喪失 |
失ったことを受け入れられれば、寛容になれたり現実を受け入れて前向きになれたりしますが、受け入れられないと、過剰防衛になったり、愚痴を言うのが癖になったり、自己中心的になったりすることがあります。これは、潜在的に不満や不安、被害者意識があり、誰かに手助けしてほしいと無自覚に思っている、ということです。
これらの喪失体験は、社会的な孤立につながることもあり、気分の落ち込み、疎外感、孤独感、不安感や恐怖心、閉じこもり傾向などにつながります。社会的な孤立から、身体面や精神面・認知面に悪影響がでることもあります。
年齢に関係なく人は誰でも、喪失体験からこのような心理状態に陥りやすいものです。ただ高齢者の場合には、社会的役割、健康、身近な人の死など、年齢的に失うものが大きいために、このような心理傾向が大きくなりやすいといえます。さらに認知症を発症すると、自分自身の記憶や能力など、認知面や精神面での喪失が非常に大きく、こうした傾向がさらに顕著になってしまうのです。
認知症の治療
年を重ねると誰が発症してもおかしくない認知症ですが、治療によって治すことはできるのでしょうか?
認知症の症状で、脳自体が原因でない場合は回復することはありますが、脳に原因がある一般的な認知症では、認知症の進行を完全に止める方法や、根本的な治療方法はみつかっていません。そのため現在の認知症の治療は、進行を緩やかにし、生活の質を高めることを目的としており、大きくわけると薬物療法と非薬物療法があります。
薬物療法では、認知症の進行を遅らせる薬や、生活に支障が出ている症状(不眠、怒りっぽい、閉じこもり傾向がある、など)を和らげる薬が、症状に合わせて処方されます。
非薬物療法は、薬を使わない治療的アプローチのことで、かかわり方やリハビリで改善を目指すものです。リハビリテーションや心理的アプローチ、認知症者と家族を支援するかかわり、環境を整えること、などがあります。非薬物療法では、薬物療法のように「この薬を飲めばこの症状が改善する」といった明確な対症的なことは難しいため、実施する人の力量によって効果が左右されます。